top of page

​九州民謡・名歌メドレー​

●マンドリン合奏版

​おはら節・炭坑節・黒田節・ひえつき節・刈干切り唄・島原の子守唄・五木の子守歌・おてもやん・あんたがたどこさ──九州各地に息づく9曲を一続きに編み上げたメドレー。労働歌・子守唄・武勇伝・悲恋……それぞれ異なる風土と歴史を背負いながら、旋律はどこか懐かしく、心の奥へ届く。九州の空気ごと届けたい、情熱の一編。マンドリン合奏用にメドレーとして編曲しました。

●演奏時間 約11分 

●編成

1st Mandolin / 2nd Mandolin / Mandola / Mandocello / Contrabass / Guitar

●編曲者  森安浩司

●難易度  ★★★

●紹介文

1.鹿児島おはら節【鹿児島】

鹿児島を代表する、活気あふれるご当地民謡です。もとは江戸初期、薩摩藩士が日向(宮崎)から持ち帰った安久節(やすひさぶし)がルーツという説や、霧島神宮参拝の際の歌が発祥という説など、諸説あります。かつては花柳界の座敷唄として親しまれていましたが、昭和初期に郷土出身の芸者がレコード化したことで爆発的に流行。現在は「鹿児島おはら祭」の踊り連でおなじみの、郷土の誇りともいえる一曲です。

2.炭坑節【福岡】

「月が出た出た 月が出た ヨイヨイ……」

明治末期から昭和にかけて、筑豊炭田(飯塚市・田川市など)の労働者たちが、過酷な選炭作業の合間に口ずさんだ仕事唄です。高度経済成長を支えた北九州の工業地帯の発展とともに、この歌もまた労働者の魂の歌として広まりました。掘り出した石炭を担ぐ様子を模した振り付けとともに、現在では日本で最もポピュラーな盆踊り唄として全国に定着しています。

3.黒田節【福岡】

「酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一の その槍を……」

雅楽の名曲「越天楽(えてんらく)」の旋律に歌詞を乗せた、格調高い祝唄です。モデルは、筑前黒田藩の豪傑・母里太兵衛(もり たへえ)。福島正則から「この大杯を飲み干せば、名槍『日本号』を授ける」と挑まれ、見事に飲み干して槍を勝ち取ったという痛快な武勇伝がもとになっています。福岡の男気と歴史を感じさせる、酒席には欠かせない一曲です。

4.ひえつき節【宮崎】

「庭の山椒の木 鳴る鈴かけて ヨーホイ……」

宮崎県椎葉村に伝わるこの歌は、雑穀の「稗(ひえ)」を臼でつく際の作業歌です。しかしその歌詞に込められているのは、鎌倉時代の「平家落人伝説」にまつわる悲恋の物語。平家追討のために村に入った那須大八郎(与一の弟)と、平清盛の末孫・鶴富姫の切ない別れが叙情豊かに歌い上げられています。素朴なリズムの中に、歴史の無常が漂います。

5.刈干切り唄【宮崎】

「ここの山の 刈干ゃすんだよ 明日は たんぼで 稲刈ろかよ……」

高千穂地方の峻険な山々で、冬の家畜の飼料となる茅(かや)を刈る際に歌われた仕事唄です。秋の澄んだ空気に響き渡るような、伸びやかで力強い旋律が特徴。厳しい自然の中で土と共に生きる人々のたくましさと、山里ののどかな秋の情景が目に浮かぶ、九州屈指の朗々とした民謡です。

6.島原の子守唄【長崎】

「おどみゃ島原の……」

「まぼろしの邪馬台国」の著者として知られる宮崎康平氏による作詞・作曲です。戦後、失明や妻との別れといった逆境の中にいた宮崎氏が、泣き止まない幼子をあやすうちに紡ぎ出したメロディと言われています。島原地方に古くから伝わる伝承の要素を織り交ぜつつ、島倉千代子らの歌唱によって全国へ。切なくも優しい旋律は、聴く者の心に深く染み入ります。

7.五木の子守歌【熊本】

「おどま 盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃ おらんど……」

熊本県五木村に伝わる、日本を代表する子守唄。しかしその正体は、10歳前後で地主の家へ「子守奉公」に出された貧しい少女たちの「悲歌」です。盆が終われば奉公先を去る(あるいはこの世から消えていたい)という、幼い身で過酷な運命を背負った少女たちの悲哀と孤独が、短調の物悲しい旋律に刻まれています。

8.おてもやん【熊本】

「おてもやん あんたこの頃 嫁入りしたではないかいな……」

五木の子守歌とは対照的に、熊本の陽気さとバイタリティを象徴するのが「おてもやん」です。江戸末期、踊りの師匠・赤星たもが創作したと伝えられ、おどけた表情の女性(おてもやん)を巡るユーモラスな掛け合いが魅力。熊本弁の小気味よいリズムと「ピーチクパーチク」といった擬音の楽しさは、今も「火の国まつり」の総踊りとして市民に愛され続けています。

9.あんたがたどこさ【熊本】

「あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ……」

手まり唄として親しまれる、日本で最も有名なわらべうたの一つです。歌詞に登場する「船場(せんば)」は熊本市の地名ですが、実は戊辰戦争時、熊本藩の兵士と関東の子供たちとのやり取り(川越の仙波山説など)が発祥という興味深い説もあります。どこかミステリアスでリズミカルなこの歌は、時空を超えて「熊本の顔」として定着しています。

 

YouTube.jfif
bottom of page